四半期決算制度 廃止提案書
金融審議会様 企業会計基準委員会様
上場企業・決算担当取締役・経理部長・決算担当部長 様
令和8年4月吉日
会計・経理研究者 伊戸川 匡
1.四半期決算制度廃止に関するこれまでの主張内容
(1)私は、これまで四半期決算制度廃止に関し、誰にでも理解できるような方式にて説明しようとの思いで、「世界初の検証方法・検証内容」により、廃止論を述べてきました。四半期決算制度の廃止に関し、これまでHP等で述べてきた「主張のテーマ」は以下の通りです。
①「四半期会計制度に対する金融審議会委員・18名への反対意見」(7-9.2)
②「7/3期・四半期決算制度の致命的欠陥と問題提起」その③(7-8.7)
③経団連会長職並びに金融審議会・委員職にある住友化学の「四半期・会計が泣いています」(6-8.26)
④「6/3月期・四半期決算制度の致命的欠陥と問題提起」②(6-6.29)
⑤「5/3月期・四半期決算制度の致命的欠陥と問題提起」①(6-1.15)
⑥四半期決算の見直し・廃止は使命感ある会計学者、会計士にしかできない・(5-8.6)
⑦恐れ多くも日本・世界に誇る「日経新聞」の社説に対する問題提起(4-12.12)
⑧トランプ、岸田首相も主張していた「四半期決算」の問題点(4-5.14) 等々です。
(2)上記、小論で述べてきた「四半期決算の特徴」「四半期決算制度の致命的欠陥の結論」は以下の通りですので、最初に、申し述べておきます。
①各四半期業績の決定的特徴は、各四半期それぞれ独立したものであり、前後の四半期はもちろん期末の業績とも何ら関係がない業績であるということです。それは、四半期の会計処理は、期末の会計処理と同じ会計ルールに基ずく処理であり、四半期独自の会計処理ではないからです。
②したがって、1Qの2倍が2Qの利益、1Qの3倍が3Q利益、4倍が4Q、期末の利益ということなどありえないことで、各四半期、黒字・赤字・赤字黒字・黒字赤字の繰り返しで、各四半期何の関係もないバラバラの独立した数字が計上されるのが正常なのです。(一部特殊業種数社を除く)
③四半期という事実の数字を繰り返し、公表すれば、そのことにより、投資家等が期末の業績等予測できるだろうとの思惑は、とんでもない誤りであり、そんなことありえないことなのです。もし、納得できないようでしたら、ご自分で決算業務を経験してみる以外永久に無理でしょう。
繰り返しますが、私の検証方法・検証内容は、日本の会計学者、のみならず世界の会計学者も、気が付いていない、「世界初の検証方法・内容」であることにご注目いただきたいと思います。
今回は、これまで述べてきたことを、専門家の方々の頭の整理と制度改正に役立つよう、改めて「理論的・学術的に」ずばり、四半期決算制度廃止論を提案したいと思います。
2. 提案の趣旨(結論)
(1)四半期決算制度は、短期主義を制度として強制する仕組みそのものであり、不要です。短期志向でも役に立つなら一考の余地ありますが、四半期の業績と通期の業績とは何の関係もなく、一年後の業績を見通すうえでも何の役にも立ちません。短期主義の弊害どころか、構造的に、会計・理論的に、国家国民・企業・投資家のいずれの利益にもならないものであり、時間・資金・人材の無駄遣いそのものです。よって、本制度は速やかに撤廃されるべきである。
(2)これは運用改善や見直しの問題ではなく、「制度そのものの原理的破綻」に基づく必然的、当然の結論である。
3. 四半期決算制度の原理的欠陥
(1)短期化を必然的に生む制度構造
①四半期決算制度とは、一年を三ケ月ごとに分断し、その都度評価を強制する制度である。
②一年単位で行ってきた決算を三ケ月単位にすれば、経営・評価・意思決定が短期化するのは理論以前の常識である。
③一年より三ケ月が短期でないという主張は成立しない。これは価値判断ではなく、時間の定義の問題である。したがって、四半期決算そのものが、短期主義なのである。そして四半期決算の制度化により更に短期主義が助長されているのである。
④四半期決算制度化が短期主義を助長するのは、理論でなく常識の問題である。それまで一年単位で行っていた決算を三ケ月ごとに行う。その結果が「短期化」でないなどというのは、理屈以前の話である。幼稚園児に「一年と三ケ月どちらが短い?」と聞けば、一瞬で答えが出る。それを理解できない学者や行政担当者が制度を設計していること自体が、この国の制度劣化の象徴なのである。
⑤一年を三ケ月に切り刻んで経営の健全性を測ろうとすること自体が誤りなのである。幼稚園児でもわかる理屈を国家と学会が理解できないとしたら、それこそ社会全体が「制度的幼稚園」に転落した証拠である。
(2)会計情報に将来予測機能は存在しない
①会計とは、過去の事実を記録・報告する制度である。過去の決算情報は、単なる事実の記述に過ぎず、将来の利益や業績を予測する機能は原理的に存在しない。
②この点については、会計の専門家である会計士の中枢においても、「現行制度の下で利益予測は不可能である」と明確に認識されている。
③にもかかわらず、四半期決算制度は、過去情報の頻繁な公表によって、「将来が予測できるかのような幻想」を社会に与えている。
④これは会計制度の誤用であり、制度的欺瞞である。
⑤一方、会計学者を含め、一般社会の理解も極めて浅いように思う。多くの人々は、決算書を見れば企業の未来が読めると誤信している。だがそれは、会計の論理を理解しない「小学生レベル」の発想に過ぎない。会計が持つのは過去の透明性であって、未来の予見力ではない。この基本的区別を理解するまでに、人類社会はまだ百年単位の時間を要するだろう。と私には思えるのである。
⑥したがって、四半期決算制度は、根本的に無意味である。予測機能を持たない会計情報を頻繁に形式的に公表することは、情報の質を高めるどころか、無数のノイズ(ゴミ)を生み、経営資源を浪費するだけである。原理的に無効な制度、目的なき制度は、直ちに廃止されるべきである。
(3)投資家・企業・国家のいずれにも無益
①投資家にとって、四半期数字はノイズ(ゴミ)であり、企業価値判断を歪める。
②企業にとって、無意味な資料作成・数値調整に膨大な時間と人材を奪われ、研究開発、人材育成、長期戦略が犠牲になる。
③国家・国民にとって、生産性は低下し、実体経済の競争力を損なう。四半期決算制度は、社会全体にとって無駄なコストであり、付加価値を一切生まないのである。
4. 過去の制度廃止との整合性
①かつて存在した中間決算制度は、「通期損益の予測に役立たない」という理由で廃止されたのである。専門家の方々は認めたがらないが、このことが決定的廃止理由なのである。
②四半期決算は、中間決算以上に通期決算とかけ離れた内容であり、四半期と期末は何の関係もないのである。
③中間決算を廃止しているのに四半期決算を残す合理性は全く存在しないのである。
5. 提案内容
以下に正式に提案する。
①四半期決算制度を廃止すること
②決算制度は一年の「年次決算」に一本化し、半期決算を採用する場合は「仮決算」とすること
③会計制度の目的を、「過去事実の正確な記録と説明」に明確に限定すること
期末、翌期等の業績予測に役立つものとの目的は設定しないこと
④必要な情報は、企業の判断により重要事項の随時開示で対応すること
6・ 結語
①四半期決算制度は、制度制定時から、何のために制定するのか、そもそもの目的がなく、当然目的の明文化がない惰性で存続している「制度的廃棄物」である。
②制度は、存在すること自体が善なのではない。「役に立たない制度は廃止する。」これは、行政・学会・専門職に共通する最低限の責務である。
③四半期決算制度は、繰り返しになるが、何のために制定したのか、目的のない、廃止する以外に選択肢はない制度である。(完)
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(補足・追記)
これまで、私の思いを率直に述べてきましたが、制度制定に関与した委員の方々は、果たして冷静に読んでいただけるであろうか?小生意気なやつが何を偉そうなこと言ってるのか、と思わないだろうかとの思いである。
そこで、もし、この小論を私以外の方が書き、私が制度制定に関与した審議委員の一員だったらどう思うだろうかと、思いつくまま以下の通り、感想をのべてみることとした。
①この男、東大、一橋、早慶出ているわけでもないのにずいぶん偉そうなこと言ってるが一体何者か。東大、一橋、早慶出の会計学者でさえ言ってないことをなぜ言えるのか。
②しかも、会計実務トップの会計士でさえ言っていないし、逆に、会計士自体が良かれと推進してきた制度なのに、この男、学者でも会計士でもないのに、何故に、四半期決算などゴミであり、悪臭さえ放っているといわんばかりのことを言うのか、その根拠は信用するに足りうるのか?青山学院出ごときにそんなこと言われて、我々はなぜ黙っているのか?
③しかし、しかしである。読んでみると、今日この種の検証資料は日本、世界の学会等に例がなく、しつこいくらい同じことを主張しているが、そのほとんどがその通りといわざるを得ない内容なのである。
④もし、この男の言う通りなら、なぜ、専門家のわれわれはこの程度のことに、長年気が付かずに来たのか、残念だか、恥ずかしくカッコ悪い思いである。
⑤会計後進国と言われているアメリカ、日本はまだ、四半期決算制度を継続しているが、先進国(英・独・仏等)ヨーロッバでは10数年前に法的に廃止しているのである。「短期主義を助長し、作業に人件費、経費が掛かりすぎる等」が廃止の理由のようだが、廃止しながら、いまだ、業界、関係者の要請により、任意で開示しているようである。しかし、四半期決算を廃止した先進国は、この男のように、「各四半期業績と期末業績とは何の関連もなく、無関係であり、投資家、企業自身、国家国民にとって何の役にも立たないもの無駄なもの、ごみであり、悪臭を放っている」とは、主張していないのである。
⑥ということは、世界大学ランク最上位で、イギリスの東大とされている、オックスフォード大、ケンブリッジ大の学者、専門家、ドイツの東大、ミュンヘン大、アメリカの東大、ハーバード大、スタンフォード大の会計学者、専門家もまだそこまで検証できておらず、四半期役立たず、不要無用とまでは言っていないのである。だから任意で四半期を継続、全面廃止に至っていないということのようである。
⑦ヨーロッバの先進国、英国のオックスフォード大、ケンブリッジ大の学者、専門家、ドイツのミュンヘン大、アメリカのハーバード大、スタンフォード大等、世界最高学府の会計学者にも認識できていないのであるから、我々が気が付かなくても、恥じ入ることはない、致し方ないことでは・・・・。との言い訳が成立しないことはないのである。
世界の会計レベルはいまだ「小学生レベル」と前述したが、医学の世界においても、医学は進歩したと自慢しながら、風邪を治す薬はないといい、まして、がんは治る病気か、治らない病気かですら、世界の医学界では定義されていないし、定義できないでいるのである。がんは不治の病であるといいながら、がんを治したという医師もいるのである。医学の世界でもこの程度なのである。会計の世界が小学生並のレベルなら、医学の世界も「小学生並」か、せいぜい「中学生並」と言ってもおかしくないのである。会計の世界に未知の分野があり、何が論議されても、少しもおかしくはないのである。
よって、世界のトップレベルの学者らがいずれ気が付き、彼らが検証できるようになり、世界に発表したら、その時我々も、世界各国の意見が、統一できたからと、廃止宣言することもありなのである。
⑧とはいえ、この男の言う通りで、四半期決算制度の廃止が、世界の投資家、会計、企業、国家のためになるなら、そして世界の会計学者のリーダーになりうる可能性もあるなら、これまで認識不足であったことを素直に認め、「我が国の四半期廃止トップ宣言」もありうるかと思われるのである。
⑨これまでの主義主張を反対から賛成に、(その逆もあり)に転じたことで、歴史に名を残したり注目された人物は、政治や歴史の転換期によく見られたことである。そのいくつかを挙げてみたい。
15代将軍徳川慶喜は、長年続き徳川家にとって守るべき政権を、「大政奉還」という名のもとに、朝廷に返上してしまったのである。板垣退助は、強く主張していた征韓論(武力行使論)が破れ、正反対の民権運動・議会制民主運動(武力行使反対)に変わり、新政権に貢献する立場に変わったのである。
アメリカの例として、リンカーン大統領は、当初「奴隷制廃止運動」に反対していたが、「奴隷制廃止運動」の賛成派に転換、奴隷制廃止に尽力し、歴史に名を残したのである。現代のトランプ大統領についても、一般に知られていないようであるが、最初は「民主党系」の主義主張で支持を得てきたようであるが、今は、ごらんのとおり、「共和党」に転換、硬派の指導者として、世界をリードしているのである。
⑩国家国民に良かれと思うことを実現したいと思った人物は、過去のことなどどこ吹く風、過去・現在の主義主張を変えてでも、過去・現在の考えを変えるのが当然と考え、国家国民のため、立ち上がり行動しているのである。
四半期決算制度の廃止が、国家国民、企業、投資家のためになるなら、そして、良識有るが故に監査不能に陥っている哀れな会計士のためにも、審議会委員の皆様が令和の板垣退助になっても、少しもおかしくないことになりますが、如何なものでしょう。
岸田前首相、トランプも四半期見直しを主張していたではありませんか、応援いたしますよ。(完)